放射能は人々を見えない存在にする ロバート・ジェイコブズ | Radiation Makes People Invisible – Japanese Version

放射能は人々を見えない存在にする

ロバート・ジェイコブズ

A version in English IS available here:  Http://Wp.Me/p1zinA-3bv

放射能は人々を見えない存在にする。放射線を浴びる、つまり被ばくすると、健康に害が及ぶこ

とは知られている。高い放射線量を浴びた場合は、死にいたることさえある。しかし、放射能が及

ぼす影響はそれだけではない。被ばくした人たちは、そして健康障害はないが被ばくした恐れがあ

る人たちでさえも、人生が大きく変えられてしまう。彼らは「二級市民」とみなされ、家族、地域

コミュニティ、ふるさと、昔ながらの食生活、受け継がれてきた知恵までもが奪われてしまう。残

された人生を、ふるさとに戻りたい、普通の生活に戻りたいと願いながら過ごすことになる。そし

て、自分たちは犠牲者となったこと、自分たちが幸せな暮らしを送れるかどうかは政府や地域社会

の関心の的ではないことを少しずつ悟るのである。

核技術の社会的、文化的側面を研究する歴史家として、筆者は何年にもわたって世界中の被ばく

地域をめぐり、調査を行ってきた。こうした地域の人たちの多くが被ばくした原因は、核実験、

核兵器製造、原発事故、原子力発電やその電力貯蔵、あるいは著者が住んでいる広島であれば、原

爆被爆である。著者はこの5年間、豪州マードック大学のミック・ブロデリック博士と共に「グロ

ーバル・ヒバクシャ・プロジェクト」という研究プロジェクトを進めており、世界中の被ばく地域

で調査を行っているが、その過程で、被ばくした人たちがその後たどった道には、文化、地理、そ

して人口といった面において関連性があることをつきとめた。「グローバル・ヒバクシャ・プロジ

ェクト」の開始から2年半ほど経ったころ、福島第一原発事故が起こった。この事故以来起こった

数え切れないほどの悲惨な話のひとつは、多くの人、特に政界で幅を利かせている人たちが、原発

事故の被災者は必ずしも放射能の影響を受けているとは限らないと発言したことだ。そうであるこ

とを願いたいところだが、被災者たちの将来がどのようなものになりえるかは、世界の前例を見れ

ば推測がつく。

本論考では、世界の被ばく地域において被ばく者らの経験に見られる共通点を挙げていく。これ

らの共通点は、被ばくした恐れがあるだけで、いまだ健康障害はないという人たちにも当てはま

る。そして、すでに福島の被災者に当てはまる事もある。もちろん土地ごとに違いはあるが、関連

性、共通点が多いことも否定できない。

病魔と死

被ばくすると、健康被害あるいは死に見舞われると考えられている。ここで、被ばくして病に侵

されるのには、さまざまなパターンがあることを把握しておくべきだろう。放射線の中でも高濃

度のガンマ線を浴びると、急性放射線障害を引き起こし、数日、数週間、数か月のうちに命を落と

してしまう可能性がある。実際、広島や長崎でも何万もの人たちが被爆後しばらくしてから、急性

放射線障害で命を落とした。原子爆弾が爆発すると大量のガンマ線が放出されるが、ガンマ線は初

期放射線といって爆発時に瞬間的に放出される。しかし、ひとたびガンマ線を体に受けると、短期

間で放射線障害を発症し、あるいは死にいたる。一方、遠くで核兵器の爆発や原発事故が起こった

場合、放射線障害が発症する原因は、むしろアルファ線による内部被ばくだ。核爆発が起こると、

アルファ線は放射性降下物によって運ばれる。チェルノブイリや福島でも、爆発時に発生した煙柱

により、広範囲にわたって放射性降下物が降り注いだ。アルファ線はガンマ線のように皮膚を透過

することはないが、アルファ線を含む微粒子を吸い込んだり傷口を通じて体内に取り込んだりする

と、内部被ばくを引き起こすのだ。こうした微粒子は高濃度の放射性物質ではない。しかし、体内

に堆積すると、少しずつ細胞を放射線で汚染し、その状態が死ぬまで継続することになる。そして

数年後、あるいは数十年後に、がんや免疫疾患を引き起こす。福島では3度の爆発によって、アル

ファ線を含む放射性降下物が広範囲にわたって降った。これは、汚染地域の人々にとって最大の危

険要因であろう。この状況における、原子力産業の当事者の「死者は出ていない」という発言は、

実に不誠実である。その分野に通じた彼らであれば、汚染地域の人々の多くはじきに何らかの健康

障害を引き起こすこと、しかしそれには時間がかかることを知っているはずだからだ。今は放射線

障害の「潜伏期間」なのだ。そして、原子力産業の当事者たちは、この潜伏期間を忘れてはいけな

い。

家、地域コミュニティ、そしてアイデンティティの喪失

汚染地域の住民の多くは、自分たちの土地を捨てることになる。放射線が高濃度であれば、住み

続けるのは健康上危険だからだ。すると、彼らは家を失うことになる。しかも、何代にもわたって

暮らしてきた家であることが多いのだが、そうした場合、家やそれをとりまく環境は、その人たち

の人間形成にかかわるほど深い意味を持っているだろう。捨てるしかなくなったふるさとでは、そ

れまで築かれてきた絆や、それによって支えられてきた地域社会での幸せな暮らしが崩壊すること

になる。友人同士が引き裂かれ、親戚同士も引き裂かれ、学校は閉鎖を余儀なくされる。同じ場所

で暮らしてきた人たちが、お年寄りも子供も、新たに人生を一から始めなければならない。それま

で暮らしの支えとなっていた地域のつながりは失われる。顔なじみの店員、頼りになる隣人…お互

いに気心知れた関係性が失われるのだ。自分の親、あるいは祖父母が植えた木から採れたりんごを

もう食べられなくなったとしたら、それは果たして何を意味するのだろうか。失われたものは単純

にりんごだけにとどまるだろうか。地域コミュニティを失った多くの人々は、生活の糧も失う。こ

れは特に、産業化が進んでおらず、多くの人々が何代にもわたって農業や漁業で生活を営んでいる

地域に当てはまる。農家が耕していた土地を奪われ、漁師が熟知した海で漁ができなくなれば、ま

た一から農業や漁業を始めるのは困難だろう。こうした人たちはたいていの場合、サービス業に従

事したり国の生活補助を受けたりすることになり、それまで築いてきた自分らしさや幸せな暮らし

が壊されることになりかねない。放射能汚染によって土地を奪われた人たちは、仮設住宅に入るこ

とになる。しかしこの仮設住宅は「仮設」ではなくなる場合が多い。ところが、「仮の住まい」に

なることを想定して建てられた仮設住宅は、粗末で窮屈だ。数世代からなる大家族がこの先何十年

と住み続けられる家にはならない。すると高齢の家族の世話や子育てがままならなくなり、家族の

つながりも、受け継がれてきた知恵も、家族同士の支え合いも、途切れてしまう。これまで何代に

もわたって食糧を頼っていた土地や海から作物や魚がとれなくなり、食生活が加工食品中心になる

と、身体の調子が狂う場合も多い。付近に旧ソ連の核実験場があったカザフスタンの小さな村のよ

うなコミュニティでは、人々は放射能に汚染された危険な家に住み続けている。原因を作ったソ連

はすでに解体し、地域住民を避難させる責任を負う政府はない。住民たちは昔ながらの暮らしを続

け、口にする物は汚染された庭から採れる作物やそこで育った家畜がほとんどだ。長寿命の放射性

核種は生態系を循環し、そこに暮らす人々は何代にもわたって汚染を繰り返していくことになる。

失われる昔ながらの知恵

へき地での暮らしには、何百年も前から受け継がれる知恵が欠かせない。オーストラリアの奥地

でイギリスが核実験を行った地域は、非常に困難な暮らしを強いられるような所だ。そこには古く

から伝わる歌があり、厳しい環境でいかにすれば生き延びられるかが歌われている。たとえばどこ

で水にありつけるか、どの動物をどこで捕ればよいか、移住に適した時期はいつか、といったこと

である。彼らがイギリス政府によって何百キロも離れた土地へ移住させられた際、こうした昔から

伝わる知恵は失われてしまった。自然のサイクルがわからない新しい土地で、彼らがそれまで慣れ

親しんでいた昔ながらの暮らしを営むことはできない。すると彼らは、何百年もの間受け継がれて

きた自給自足の生活を断たれ、政府からの援助に頼るしかなくなる。次第にコミュニティの絆も失

われ、家族や個々人の幸せな暮らしも壊されるのだ。

差別

被ばくした恐れのある人たちは、新しい土地で差別に遭い、社会の中でのけ者になることが多

い。この最初の例が広島と長崎の被爆者たちだ。彼らは、被爆の遺伝的影響に対する恐怖から結婚

を断られ、何らかの病気にかかりやすいからと就職を阻まれ、いじめの対象になった。そのうち彼

らは、家族に被爆者がいる事実を隠そうとするようになった。広島の原爆で被爆し、10年後、12歳

で命を落とした佐々木禎子さんのことを知る人は多いだろう。禎子さんは、折り鶴を千羽折ると病

気が治ると信じて、鶴を折り続けた。禎子さんの話は広く知れわたり、世界中の子供たちが折り鶴

を折って広島に贈るようになった。禎子さんは罪のない被爆者のシンボルとなったが、彼女の父親

は娘のことが広く知られたことに悩み、家族が差別の対象にならないよう事実をひた隠そうとした

という。福島から避難した子供たちの中には、転校先の学校でいじめに遭った子供もいる。福島ナ

ンバーの車が他県でいたずらを受けた例もある。これはひとえに、原発事故の被災者が被ばくして

いるかもしれないという恐怖感が原因だ。マーシャル諸島のロンゲラップ環礁では、1954年にアメ

リカが行った「ブラボー実験」によって放射性降下物が降り注いだため人が住めなくなり、住民た

ちが避難民として他の環礁に移り住んで数十年になる。現在マーシャル諸島には人が住める土地は

わずかしか残っておらず、何世代にもわたって暮らしてきた土地を離れた彼らには、それまでの暮

らしを続けるための土地も、漁場も、船着場もない。新しい土地の人々の心温まる助けに支えられ

ながらも、「侵入者」として見られることに耐えている。

医療研究の対象

被ばくした多くの人たちは、十分な説明もないまま医療研究の対象にされる。広島と長崎の被

爆者たちは戦後の占領期にABCC(原爆傷害調査委員会)の研究対象となった。この被爆者を対

象とした医療研究は、ABCCが日米共同研究機関である放射線影響研究所となった現在でも続いて

いる。研究開始当初、被爆者たちには研究のための検査を受けないという選択肢は与えられなか

った。ある日突然、米軍のジープが家の前に現れ、否応なく被爆者たちを検査に連れ出した。そし

て、検査の結果が被爆者たちに知らされることはなかった。こういったことは、多くの被ばく地域

で見られる。ひとつの例が、1966年にスペインのパロマレスという小さな村で起こった米軍機墜落

事故だ。米軍の爆撃機から水素爆弾1個が海に、3個が地上に落ちた。幸いどれも核爆発にはいたら

なかったものの、うち2個は起爆用火薬が爆発し、プルトニウムなどの放射性核種によって村の一

部が汚染された。この事故以来、現在に至るまで毎年、一部のパロマレスの住民たちを対象に、被

ばくが健康に与える影響を調べる検査が行われている。しかし、検査を受けた住民たちが検査結果

を知らされることはない。何らかの放射線障害を発症しているかどうかも知らされない。彼らは、

放射線が健康に与える影響を研究するための「サンプル」であって「協力者」ではない。こうした

検査によって研究に用いるデータが得られることは確かだ。(ただし、これらのデータそのものに

は問題があると筆者は考えるが、本稿ではふれない。)しかし、検査を受けた人たちにしてみれ

ば、検査対象になりながらその結果を知らされないと、自身の状態もわからなければ、健康を維持

しようにもどうすることもできない。アメリカ、イギリス、フランスが核実験を行ってきた太平洋

の島々の住民たちも、同様の経験をしている。核実験によって被ばくした彼らは検査を受けさせら

れるが、結果を知らされることなく送り返される。実際、彼らのうち多くが、データ採取に利用さ

れただけだと感じている。

不安

被ばくした人たちが初めに聞かされるのは、「心配することはない」という言葉だ。彼ら自身が

抱える不安は軽視される。放射能は極めて抽象的で、把握しにくい。味もなく臭いもなく、目に見

えるものでもないため、被ばくしたかどうか、どれくらい被ばくしたのか、いつか放射線障害が出

るのかどうかを知るのも極めて困難だ。医療関係者や政府が彼らの不安をしりぞけようとしても、

それはむしろ不安を増長させるだけだ。被ばくしてから何年も経って、同じコミュニティの住民に

甲状腺がんなどの健康障害が出ると、自分も残りの人生を平穏に暮らせないかもしれないという不

安に襲われる。熱が出た時、胃に痛みを感じた時、鼻から出血した時、その他何らかの異常が出た

時には、不安はさらに大きくなり「これで最後だ。ついに自分にもその時がきた」との考えがよぎ

る。じきに親や、子供や、愛する人たちについても不安を抱えることになる。また、子供が熱を出

すたびに、親は子供が命を落とすのではと恐怖に襲われる。先述の佐々木禎子さんは、2歳で被爆

した後もしばらくは健康だった。ところが9年経ったある日、突然首のあたりがはれ出し、間もな

く白血病と診断された。被ばくした子供を持つ親たちは、こうしたことが我が子にも起こるのでは

ないかと、常におびえることになる。ひとつひとつの症状が、人々を不安に陥れるのだ。

放射線恐怖症と被災者に対する非難

ある人が被ばくしたかどうか、特にアルファ線を含む物質により内部被ばくしたかどうかを特定

するのは、難しい。したがって、核爆発や原発事故の現場、核関連施設、ウラン鉱山などの近くに

いた人々の多くは、自身や自分の愛する人たちの健康に不安を抱えることになる。実際には、彼ら

の中には本当に被ばくした人とそうでない人がいる。しかし確実なことがわからないため、トラウ

マになっているのだ。現在福島の人たちがそうであるように、こうしたトラウマを抱えている人た

ちは過剰反応だとあしらわれ、健康に問題が生じるのは過度な不安が原因だと諭される。実際にそ

ういう場合もあるかも知れないが、たいていの場合は的外れな理屈だ。なぜなら、放射能災害に遭

った人たちが不安を抱えるのは自然なことだからだ。ふるさとを追われ、互いに助け合って生きる

地域の絆を失い、インフルエンザや腹痛が死の前兆なのかわからず、公園で子供たちが遊ぶと被ば

くするのかどうかもわからない環境に、彼らは置かれているのだ。仮に健康障害が出たとしても、

それは彼らの責任ではない。彼らがそれまでの暮らしを台無しにされ、不確かな事だらけの暮らし

を強いられ、場合によっては差別を受けることになったのは、彼らではどうにもできない勢力によ

るものなのだ。被ばくしたかもしれないと不安を抱えて生きている人たちを非難するのは、つまり

こうした環境で暮らすことを強いられた「被害者」たちを非難することであり、彼らの抱えるトラ

ウマを大きくするだけだ。

むすび

放射能は人々を見えない存在にする。被ばくした人たちは「二級市民」として扱われ、政府に

も、原発を管理・監督する電力会社にも、軍にも原子力産業関係者にも、誠意と尊厳をもって向き

合ってもらえることはない。彼らが避難民になると、隣人からもけむたがられる。被ばくした人た

ちは避難を強いられたり、あるいは土地が放射能汚染されたりしたという理由でふるさとを失う。

暮らしを失い、地元の作物を失い、地域コミュニティを失い、受け継がれてきた伝統を失う。地域

に伝わる知恵も失う。放射能は健康障害や死を引き起こす。そうでない場合でも、極度な不安や人

生の不確定要素を生じさせ、さまざまな面において不自由を強いられる。多くの場合、被ばくした

人たちはそれに続くさまざまな問題に関し、非難を受けることになる。大規模な核災害が起こった

時、「犠牲者」というと私たちは命を落とした人たちのことを想定しがちだが、彼らは実は犠牲者

の「一部」に過ぎない。他にも数え切れないほどたくさんの人たちが、地域コミュニティや家族や

幸せな暮らしを失って苦しんでいる。核災害が与える本当の「破壊」は、完全には把握できないの

だ。

被ばくした、あるいはその恐れがある人たちの人生は、永遠に変わってしまう。最後に、チェル

ノブイリの事故処理にあたったナタリア・マンズロヴァ氏が、福島原発事故2ヶ月後のインタビ

ューで述べたことを引用して、本稿を締めくくる。

「福島の被災者たちの人生は、原発事故前と事故後でがらりと変わるでしょう。事故後の人生では自

分や子供の健康に不安を抱くことになりますが、政府はおそらく、放射線量はたいしたことではな

い、だから悪影響もないと言うでしょう。そして被災者の人たちが失ったものに対する補償をするこ

ともないでしょう。しかし彼らが本当に失ったものは計り知れません。」

(翻訳・髙橋優子)

本稿は、ロバート・ジェイコブズ博士とミック・ブロデリック博士が執筆中の「グローバル・ヒバク

シャ・プロジェクト」をテーマにした本の一部に基づいている。

ロバート・ジェイコブズ博士は現在、広島市立大学広島平和研究所准教授を務める。

本稿は2014年3月にSimplyInfoより出版予定である。

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Nancy Foust

Editor, SimplyInfo.org

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